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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1137号 判決 1961年1月21日

控訴人 雑賀平三郎

被控訴人 野上政雄 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。控訴人と白浜自動車株式会社との間の株主総会決議取消訴訟の判決確定に至るまで、被控訴人野上政雄の右会社の取締役及び代表取締役の、被控訴人木岡米一の右会社の取締役の各職務執行をそれぞれ停止する。右職務執行停止期間中裁判所の選任した者に右各職務を代行させる。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、

控訴人の方で、

(被保全権利について。)

商法二三二条二項が株主総会招集通知に「会議ノ目的タル事項」すなわち議事日程を記載することを要する旨定めているのは、株主にあらかじめ当該議事日程を知らせることによつて、株主の議決権行使の態度を決めさせる準備の機会を与え、他面会社に株主総会の議事を公正に運営させることを目的とするものであつて、同項が株主保護の規定であることはいうまでない。株主会社が利益団体である以上、法の解釈、適用にある程度便宜性と裁量性とが認められるのはやむを得ないことであつて、議事日程と総会の決議との同一性をどのようにして認めるかについては、会社と株主との利益の調和を基調として、社会通念によつて決めるべき問題であるとされている。ところで、商法は株主総会招集の決定(同法二三一条)から招集通知、公告(同法二三二条)、総会の決議、議決権の行使(同法二三九条)に至るまで厳格な規制をしており、特に招集通知は会日から二週間前に各株主にこれを発することを要し、その通知には、前記のように、会議の目的である事項を記載するよう要請している。これ等の規定は、いずれも強行規定であつて、絶対的に守られねばならない。少数株主の請求による株主総会の招集の場合も例外ではない。裁判所の許可を得て少数株主が招集する場合もまた同様である。本件の株主総会の招集は、裁判所の許可を得た少数株主がしたものであつて、その議事日程は「取締役の解任とその後任の選任」であり、取締役の解任を前提あるいは条件として後任取締役を選任することができるものである。両者は一体をなすものであつて、裁判所の許可は取締役の辞任を予想しておらず、したがつて取締役が辞任した場合、辞任したその取締役の後任者を選任することを裁判所の許可は認めていないのである。裁判所の許可を得てする少数株主の総会招集は、一般の総会招集に対する例外であつて、議事日程は右許可によつて厳格に限定されているものであるから、政策的あるいは便宜的裁量の余地はないものといわなければならない。本件の株主総会の議案は、取締役中川兼吉、小竹林二、楠本貞一、伊藤唯夫の解任とその後任者の選任であるから、右株主総会の決議は、右取締役の解任の可否と解任決議成立の場合の後任取締役の選任とに限定され、その範囲をこえることは許されないものである。取締役小竹林二、楠本貞一、伊藤唯夫は、株主総会の会日前に辞任したので、右取締役三名の解任の議事日程はその目的を失い、したがつてこれを前提あるいは条件とするその後任取締役の選任もその目的を失つたものであつて、その選任をすることは不能に帰したものである。前述したように、解任と選任とは一体をなすものであり、前者の決議が成立して始めて後者の決議をすることができるものであることは、議案の性質上当然である。本件の株主総会議事録には、「本日の議題は取締役中川兼吉、小竹林二、楠本貞一、伊藤唯夫の解任並びにその後任取締役の選任の件となつていますが、この内小竹林二、楠本貞一、伊藤唯夫の三取締役については、去る三月二四日自発的に辞任申出がありましたので、取締役中川兼吉の解任並びにこれ等四名の後任取締役選任について御審議願います。」と記載されており、右総会で審議された結果、取締役中川兼吉の解任の議案は否決され、辞任した前記取締役三名のそれぞれの後任取締役選任決議が成立したのである。右取締役三名解任の議案は、前記のように、それぞれの辞任によつて目的を失つたのであるから、もはやその後任取締役の選任をすることは不能に帰したものである。それにもかかわらず、あえてその選任決議が強行されたのであつて、その決議は議案にない新しい事項についての決議であるから、本件の株主総会招集通知に記載されていない事項について決議が行われたものである。およそ取締役の解任と辞任とは、取締役の資格喪失の原因であることに相違はないけれども、前者は取締役の忠実義務違反に対する制裁としての資格剥奪であり、後者は取締役みずからの意思による退任であつて、その性質や法律関係を異にするものである。取締役が解任された場合とみずから辞任した場合とで、その後任者を選任する株主の態度が異るのは、心理的経験則からもいい得るところである。さらに、辞任した取締役の後任者を選任する場合、一定の株主は心理上容易に累積投票の請求(商法二五六条ノ三、二五六条ノ四)をすることも考えられ、他面解任取締役の後任者を選任する場合は、その解任決議が成立するかどうか予断できず、必ずしも累積投票を請求しないものと思われるから、解任取締役の後任者選任と辞任取締役の後任者選任とは、実質上も同一性を有しない。

株主総会の議案の修正が許されるかどうかについては、株主の利益を考慮すべきものであるばかりでなく、株主総会に関する商法の規定は強行法規に属し厳格に解すべきものであるから、解任取締役の後任取締役選任の議案と辞任取締役の後任取締役選任の議案とは実質的にもその同一性を有しないというべきであつて、株主総会で前者を後者に修正することは前者の範囲をこえるものであるから許されない。

(保全の必要性について。)

本件仮処分申請当時、白浜自動車株式会社の取締役は、中川兼吉、井上信夫(第一審被申請人)のほか、被控訴人二名であつて、その代表取締役は被控訴人野上政雄だけであつた。その後、井上信夫は昭和三五年五月二四日中川兼吉とともに任期満了により退任し、新に垣内良一が同日株主総会で中川兼吉とともに取締役に選任され、垣内良一は同日取締役会で代表取締役に選任され、いずれも同年六月三日その登記を経由した。決議に瑕疵のある本件の株主総会及び取締役会以後に行われた前記取締役会は、瑕疵のある決議によつて選任された取締役によつて構成されているものであり、また同年五月二四日の株主総会は瑕疵のある右取締役会の決議に基いて招集されたものであつて、いずれも瑕疵がある。すると被控訴人等が代表取締役、取締役の職務を執行している限り、右会社の株主総会、取締役会の決議に瑕疵があるわけであつて、仮処分や訴訟が続出することとなる。したがつて右会社の運営に支障を生じ、株主の利害にも影響があることとなり、著しい損害を右会社に与えるので、これを避けるため被控訴人等の取締役としての職務執行を停止しその代行者を選任する必要性がある。

と述べ、

被控訴人等の方で、

(被保全権利に関する控訴人の主張について。)

商法二三二条二項が株主総会招集通知に「会議ノ目的タル事項」、すなわち議事日程を記載することを要する旨規定しているのは、一般株主に対しあらかじめ議事日程を知らせて十分な準備をする機会を与えるためである。株主総会が株式会社の最高の意思決定機関でありながら、あらかじめ招集通知に記載された事項しか審議できないとされているは、株主は突然提出された議案について十分な準備をすることができず、殊に総会に欠席した株主に意外な不利益を与えるおそれがあるからにほかならない。とすると招集通知に記載された議案と実際に行われた総会の決議とが同一性を有するかどうかは、株主に通知された議事日程によつて、実際に行われた総会の決議について十分な準備をすることができたかどうか及び欠席株主に意外な不利益を与えるおそれがあるかどうかによつて判断されねばならない。本件の株主総会の招集通知には議事日程として、「取締役中川兼吉ほか三名の解任並びにその後任取締役の選任」と記載されている。この招集通知を受けた各株主は、解任を求められている四名の取締役の解任の可否を考え、その四名全員が解任される場合、三名が解任される場合、二名が解任される場合、一名が解任される場合あるいは全員の解任が否決される場合を考慮し、それぞれの場合についてその後任取締役選任について準備する機会を与えられていたものというべきである。したがつて本件の株主総会の会日前に三名の取締役が辞任し、残りの取締役中川兼吉の解任が否決され、結局右三名の後任取締役を選任する場合は、前記招集通知によつて予想され、株主はその準備をすることができたものといわねばならない。それゆえ、欠席株主も右招集通知によつて予想した内容が決議されたものであつて、欠席株主が意外な不利益を受けるおそれはなかつた。本件の株主総会の決議は、招集通知に記載された議事日程と一致するものである。控訴人は、後任取締役の選任は特定取締役の解任を前提条件とするものであつて、この前提条件を欠く以上後任取締役の選任をすることは不能であると主張するけれども、後任取締役の選任が従前の取締役の解任を前提条件とするのは、従前の取締役を排除することなしには、後任取締役の選任が不能であるという意味で条件であるにすぎない。従前の取締役の辞任あるいは死亡等によつてその取締役が排除されたときは、その前提条件は実質上実現されたものであつて、他に株主の利益を害する特別の事情の存在しない限り後任取締役の選任をすることが可能であることは当然といわねばならない。このような解釈は実質論に偏するものと主張する控訴人の解釈は文字にとらわれた形式論であつて誤りというほかはない。仮に控訴人のいうように辞任取締役の後任取締役を選任することが不能であるとするならば、本件では、取締役三名の辞任によつて取締役の法定数を欠くこととなるのであつて、辞任した取締役は、新たに選任された取締役が就職するまで取締役の権利義務を有するから、辞任取締役を加えた取締役会が株主総会の招集日時を決定することとなる。そうすると、その招集日時の期限については法律上制限がないから、新たな取締役選任の総会の招集が不当に引き延ばされるおそれがある。早急に取締役の地位から排除する必要のある取締役が、ある期間職務執行に当ることとなつて、会社は著しい損害を受けるであろう。本件の株主総会は、少数株主が裁判所の許可を得て招集したものであるところ、解任を求められた取締役が解任を回避して辞任することによつてその後任取締役を選任することができないとすると、裁判所の決定と多数株主の新たな取締役を選任しようとする意思とが無視されることとなり、不当な結果を生ずる。また一般に株主総会招集通知が発せられた後その総会の会日前に、解任を求められている取締役が死亡し、意思能力を失い、あるいは辞任することによつて取締役の資格を喪失することは一般的にあり得ることであつて、緊急に後任取締役を選任する必要がある場合、控訴人のいうように、後任取締役をそのまま選任することが不能であるとすると、会社したがつてまた株主は不利益を甘受するよりほかはないこととなるであろう。本件のように、解任を求められた取締役三名が辞任した場合、そのまま後任取締役三名選任の決議が行われても(もしその総会で突然五名の取締役選任の議案が提出されたような場合は別として)、各株主の累積投票請求権が侵害されることはない。なぜなら、本件株主総会の招集通知には、前記のように、議事日程として、「取締役四名の解任並びにその後任取締役の選任」と記載されており、これによつて株主は取締役四名あるいは三名解任等を予想し、その後任取締役四名あるいは三名選任の場合に備えてあらかじめ累積投票請求の準備をする機会を与えられていたからである。控訴人はその解任と辞任とで株主は微妙な心理的影響を受け、前者の場合は累積投票の請求をせず、後者の場合はその請求をすると主張するけれども、法律論として意味がない。

(保全の必要性に関する控訴人の主張について。)

商法二七〇条一項の仮処分の必要性は、取締役選任決議の無効または取消の判決がなされることによつて会社が財産上重大な損害を受けるおそれがある場合、あるいは当該取締役が職務を怠り会社に財産上の損害を与えるおそれがある場合に認められるものである。控訴人が主張するように、たとえ決議取消の訴が提起されたり前記仮処分が申請されるおそれがあつても、本件仮処分の必要性があるということはできない。

と述べたほか、いずれも原判決事実記載のうち控訴人と被控訴人等との間の部分と同(ただし、原判決八枚目裏終りから二行目の「ある」の下に「の」を加える。)であるから、これを引用する。

当事者双方の疎明の提出援用認否は、

控訴人の方で、

疎甲第一一、第一二号証、第一三号証の一、二を提出し、

被控訴人等の方で、

疎甲第一一、第一二号証、第一三号証の一、二の成立を認めたほか、

いずれも原判決事実記載のうち控訴人と被控訴人等との間の部分と同一であるから、これを引用する。

理由

当裁判所が控訴人の申請を理由がないものとして棄却すべきものとする理由は、次の(一)から(三)までのように訂正、付加するほか、原判決理由(原判決一二枚目表三行目から一六枚目表終りより二行目まで)記載と同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決一四枚目表三行目に「後任者の」とあるのを「後任者を」と、同裏三行目に「全取締役」とあるのを「取締役中川兼吉、小竹林二、楠本貞一、伊藤唯夫」と、同一五枚目表七行目に「至る」とあるのを「足る」と、同裏一行目に「取締役の欠員」とあるのを「取締役の終任」とそれぞれ訂正し、同四行目の「殆ど」を削る。

(二)  控訴人は、和歌山地方裁判所田辺支部のした少数株主の株主総会招集許可は、本件の株主総会の会議の目的である事項については、「解任取締役の後任取締役の選任」に限定されるべきものであつて、「辞任取締役の後任取締役の選任」を包含していないと主張するので考えてみる。取締役会が決めて総会を招集する場合と裁判所の許可を得た少数株主が総会を招集する場合とで、商法二三二条二項にいう「会議ノ目的タル事項」について異つた解釈をしなければならない理由はないというべきである。取締役の選任決議は、特定の取締役からその資格を剥奪して、その取締役と会社との間の委任関係を終了(商法二五四条三項民法六五一条一項)させることを目的とする団体法上の行為であつて、その解任を会議の目的事項とする株主総会では解任の事由について審議が行われるであろう(商法二五七条一項参照)。他方、取締役の辞任は、みずから自己と会社との間の委任関係を終了させることを目的とする会社に対するその取締役の単独の意思表示であつて、その辞任の事由が当然総会で審議されるものではない。しかしながら、解任の決議と辞任とが取締役の終任事由であることに変りはないのであつて、後任取締役の選任は従前の取締役の終任をその前提条件とする意味において後者の終任と前者の選任とが論理上一体をなすものというべきである。特定の取締役の解任とその後任取締役の選任とを会議の目的事項とする総会招集の通知が発せられた以後その総会の会日以前に、もし特定の取締役がみずから辞任し、あるいは死亡、破産、禁治産の宣告等により資格を失つたりして退任(終任)した場合において、後任取締役の選任について株主が別個の準備をする必要があるときは格別、そうでなければあらためて別にその後任取締役を選任するための総会を招集しなければならないものではないと解するのが相当である。本件についてこれをみるに、当裁判所が引用する原判決(原判決一五枚目表八行目の「証人楠本貞一」から同裏一行目の「できる」まで)が認定しているように、取締役小竹林二、楠本貞一、伊藤唯夫は、もつぱら解任の総会決議がなされることを回避する目的で辞任したものであるから、これをその解任決議がなされて取締役の資格を失つた場合と対比して、後任取締役の選任に関する株主の準備について特に異るものが生じたとは認められない。またそのため少数株主の累積投票請求権が侵害されたものでないことは後に説明するとおりである。被控訴人等、第一審被申請人井上信夫の取締役選任決議をもつて、その総会招集通知に会議の目的事項として記載された「その後任取締役の選任」と異る新しい事項ということはできず、右決議は和歌山地方裁判所田辺支部がした前示総会招集許可の範囲をこえるものではない。控訴人の右主張は採用できない。

(三)  控訴人は、辞任取締役の後任取締役選任の場合は各株主は心理的に累積投票の請求をするであろうし、解任取締役の後任取締役選任の場合は解任決議が成立するかどうか予断できないゆえ各株主は累積投票の請求をしないであろうから、前者と後者とは実質上も同一性を有しないと主張するので考えてみる。一般的に二人以上の辞任取締役の後任取締役を選任する場合は各株主が累積投票の請求をするであろうし、二人以上の解任取締役の後任取締役を選任する場合は各株主は累積投票の請求をしないであろうと断定することはできない。本件の場合、小竹林二、楠本貞一、伊藤唯夫が前示のように本件の株主総会招集通知以後、会日以前取締役を辞任し本件の株主総会決議がなされたため、ある株主が累積投票請求の機会を失つた事実を認め得る疎明資料はない。白浜自動車株式会社の各株主は、本件の株主総会招集通知によつて(その招集通知が発せられたことは当事者間に争がない。)四名から二名までの後任取締役選任がその会議の目的事項となることを予想することができたというべきであつて、右招集通知の発せられた日が会日の昭和三五年三月二六日より一五日前の同月一一日であることは当事者間に争がないから、各株主は会日より五日前に累積投票の請求(商法二五六条ノ三・一項)をしようと思えばすることができたものと推定すべきである。前示会社の各株主が累積投票請求権を侵害されたということはできない。それゆえ、本件の場合、解任取締役の後任取締役選任の議案と辞任取締役の後任取締役選任の決議とは、同一性を有するものというべきである。控訴人の右主張は採用するを得ない。

してみると、本件の株主総会決議にはこれを取り消すべき瑕疵はないものというべく、したがつてまた取締役会決議には無効の瑕疵がなく、結局被保全権利を肯認すべき疎明はないものというほかはない。さらに、疎明にかわる保証を控訴人に立てさせることを相当としない。したがつて、控訴人の本件仮処分申請は棄却を免れない。

そうすると、右と同趣旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 岡野幸之助 山内敏彦)

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